synchronicity

シンクロニシティ──共時性。意味のある同時生起、意味を持つかのように結び合わされた偶然のパターン。

memoつぶやいてます。◆twitter(ログ閲覧だけならこちら→twilog) 2009.10.06 Tuesday 02:20

気づいたら2月とか

 月日の流れとはなんと早いことか。
 というか今年になってから速度が増した気がしてて、1月は本当にあっという間に過ぎた。年明けすぐにインフルに罹って1週間ほど寝込んだせいもあるんだろうけど、なんでこんなに時間が経つのが早いんだろうと2月になるとき思った。

 で、今さら新年の抱負とか書こうとしても何も出てこないんだけど、今年は大きな括りで大人の階段を上る年なので、もうちょっと真剣に自分の人生や将来について考えないといけないな、と最近思っている。ただ、考え過ぎると精神的に不安定になって何もかもがダメになる可能性もあるので、その辺、自分を追い込みすぎない程度に、上手くコントロールしつつ考えてゆけたらな、と。
 まぁ誰か嫁にもらってくれる相手がいればそれが一番手っ取り早い解決方法のような気もするけど、それって逃避だしなー。とは言えもしそれが出来れば自分の問題がずいぶんと解消されたということだとも思うので、もしそれがあるならそれはそれでいいかな、とも思う。
 とは言え出会いがないぜ。

 あとあれだ。ずっと書こう書こうと思ってたこと。
 ついったーで原口大臣からフォロー返しされた。大臣はフォローした人すべてにフォロー返ししてるわけじゃないのですごくびっくりした。一度「大臣という立場は置いといて、原口さんて本当におもしろい。」とRTしただけなんだけど。
 で、その原口大臣、本当におもしろい人だなぁと思う。議員は他にも何人かフォローしてるんだけど違うのよね。他の議員は常に揺るがず、信念を貫こうとする確固たる意志を感じる。原口さんにもそれはあるんだけど、結構頻繁に揺らぎを感じる。もっと良い方法があるんじゃないか、と模索してる感じというか。それにちょこちょこ青臭いことをつぶやいたりする。大臣がこんなんでこの国は大丈夫なんだろうか、と思ってしまうような。
 でもね、「これが正しい、こうするのが良い」と迷いなく進める人は確かに頼もしいけど、こういうふうに「何が一番国民のためになるんだろうか、もっと良い方法はないんだろうか」と揺らぐ大臣も悪くない、ひとりくらいこういう人がいてもいいんじゃないの、と思う。少なくともその人柄には好意が持てるし、信用出来ると思う。
 ま、だからと言って大臣としてどうなのかとか、その仕事ぶりどうなのとか、選挙のときどうするかとか、そういうのは別の話なんだけど、そういうのは取っ払ってひとりの人として見たとき、本当に原口さんておもしろいなあと思う。

 話は変わって。
 来月でサイト始めて10周年です。すごいね、まさか10年持つとは思わなかったよ。絶対飽きて途中で放置すると思ってた。実際何度も止まったし、今もこうしてほとんど更新しなかったりするけど、10年続くってすごいよなー、と他人事のように感心する。
 サイト始めて2年目くらいかな、10周年になったらオフ会やる、とか冗談で書いた覚えがあるけど、あの頃からずっと読んでくれてる人もいるのよね。ほとんど交流はないけど、でもそれでも、読んでくれる人がいるのは本当にありがたい、以前と比べて結構変わってしまったであろうあたしを見ていてくれて本当にありがとう、と思っている。
 3月になったら何かしたい、10年を振り返ってみたいとも思っているけど、ついったーに入り浸っているのでどうなることやら。でもね、取りあえず一筆したためておきたいとは思っているので、あまり期待せずにお待ちください。……て、これじゃもう3月まで更新しないみたいじゃん(可能性大)。

「気づいたら2月とか」の評価です。

雑記 - | comments (0) | trackbacks (0)

あけましておめでとうございます

 今年もマイペースでやってゆきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 本当はいろいろ書きたいのですが、5日にインフルでダウンしてしまい、まだ全快したとは言えない状態です。体調が良くなったら何か書くかもしれません。

「あけましておめでとうございます」の評価です。

雑記 - | comments (0) | trackbacks (0)

ありがと、2009

 大晦日です。掃除も終わったし蕎麦も食べたしあとは年を越すだけな感じです。
 今年一年いろいろあったはずなのですが、思い出そうとしても浮かぶのはぼんやりしたイメージだけではっきりと思い出せません。去年のように衝撃的な出来事(父の入院にまつわるあれこれ)がなかったのは良いことですが、特にこれというものがないのも何だか寂しい感じ。……と、ここまで書いて思い出しました。ありました衝撃的な出来事、佐藤健くんのバースデーイベント!
 詳細はログを読んでいただくとして、考えてみれば今年は健くんをほぼ中心にまわった一年でした。連ドラは「メイちゃんの執事」のみだったものの、ドラマや映画の出演がいろいろあったり、イベントがあったりで、健くんのことを考えている時間が多かったです。そして先日届いたGAMEのDVDを見て完璧健くんにノックアウトされ、もう戻れないところまで来てしまった、そんな気がします。正直ここまで好きになるとは思ってなかったんだけどなー、まるで恋みたいに健くんのことを考えると胸が痛くなるなんて。けれどこういうふうに好きになるのは良いことだと思うので、このまま健くんを好きでい続けられたらいいなと思います。
 それとついったー。始めたばかりの頃はどう使っていいかわからなかったものの、最近はいい感じです。リプライで会話することなんてないだろうなぁと思ってたけどそんなこともなく、たまに人と言葉を交わすことがあってそれがうれしかったり楽しかったりします。自分は以前と変わったなぁという気はするもものの、まだコミュニケーションが苦手だったりするので、ついったーを通じて少しずつさらに変わっていけたらなと思います。
 何事もなく無事に過ぎていこうとする2009年。いろいろなことがきっと少しずつ一年前とは違っているんじゃないかな。決して良いことばかりじゃなかったけど、ちょっとしたうれしいことがたくさんあったり、穏やかな心持ちでいられることが多かった年。もう戻っては来ないそんな日々に。
 どうもありがと。

「ありがと、2009」の評価です。

雑記 - | comments (0) | trackbacks (0)

佐川急便の仕事って何ですか?

 健くん春馬くん神木くんなど、アミューズの若手男性俳優が出ているGAMEのDVDが届きません。20日に発送され、一昨日から今日(21〜23日)までの三日間、佐川急便は毎日「配達に出発致しました」「配達店へ持ち帰りました」を繰り返しています。一日中、誰かしら家に居るのですが佐川急便は来てないとのこと。荷物は積むものの配達せず持ち帰っているようです。

 佐川急便の仕事って何ですか? 預かった荷物を配達することではないんですか?

12/24追記
 一昨日HPから問い合わせたところ、今日の午前中に電話で連絡がありました。地区の担当だと名乗るその方によれば「回りきれなかったため持ち帰った」とのこと。しかしその後荷物を持って来たドライバーは「伝票がなかったので配達出来なかった」と言っていました。
 なぜ遅れた理由が違っているんでしょう。それに伝票をなくすなんてあり得ないと思うのですが、さらにドライバーの言うことには「伝票がないので領収書を切れません。必要な場合、送り主に連絡すれば切ってくれると思います」……。
 代引きではあるものの、こちらから問い合わせなかったら一体どうなっていたんだろうと思います。配送量が多い今時期は事故も多そうですし、なぜこんな宅配業者がまかり通っているのか不思議でなりません。

「佐川急便の仕事って何ですか?」の評価です。

雑記 - | comments (0) | trackbacks (0)

サムライ・ハイスクール最終回

 というわけで最終回を迎えたサムハイの感想を書こうと思ったものの、どう書いたものかちょっと考えている。ドラマそのものの評価をどうしたらいいのか迷っているのだ。終盤小太郎がクラスメートや先生達に語った言葉がこのドラマが伝えたかったことそのものだと思うが、それが連続ドラマとしてきちんと伝えられていたかと言われると頷くのは難しい。しかし見終わったとき何とも言いようのない感動を覚えたのも確かだ。
 惜しい、とは思わない。なぜなら評価出来る部分はあるのだし、感動したのも本当だから。ただ脚本がもう少しどうにかならなかったかとは思う。物語の進め方や描写する場面の割り振りを多少変えることで、もっと強く視聴者に訴えることが出来たのではないだろうか。それとドラマのカラー、温度が最後まで安定しないというか、落としどころを見つけられない感じだったが、これは効果を狙ったがゆえなのかそれともそうではないのか、どちらなのだろう。
 他にも幾つか言及したい部分はあるもののそれは置いておき、総合的なこのドラマの評価が自分の中ではっきりしない。冷静に見ても感覚的に見ても突き抜けて良いところも悪いところもなく、すべてが平均値の範囲内という感じ。しかもそう見えたのは三浦春馬という役者に因るところが大きい、というのが個人的見解で、となると余計どう評価すべきか唸ってしまうわけだ。
 その春馬くんだが、ブラッディ・マンデイ放映時も書いた通り妙な説得力がある。冷静になれば突っ込みどころ満載なのに小太郎の言動になるほどと思ってしまう。もちろんそれはすべてではなく、そうは言ってもと思う場面も多々ある。しかし心情的には理解出来、自分の中で折り合いのついたはずの感情がかすかにうずく。これは「それほどに彼の演技は訴える力が強く、心に触れてくる」ということではないだろうか。
 話は少しそれるが、以前から「春馬くんは演技をしているとき本人が不在だ」と感じていた。大抵の役者は演じているとき、その役が本人自身の延長線上にあるように見える(距離の違いはあるにせよ)。しかし春馬くんは本人自身と役を繋げる線が途切れているため、役の中に春馬くんを見ることが出来ない。だが今日サムハイ最終回を見ていてふと思った。
 春馬くんは自分自身の中で役と合致、あるいはシンクロするわずかな部分を“自分を排して”体現しているのではないか。自身を排して役に成っている、役自身としてそこに存在し言動するのだからそりゃ訴える力は強いだろうし、心にも触れるだろう。そしてそう考えることで本人不在なことにも納得出来る。まあそう思った途端、役の中に春馬くん自身が見えるようになってしまったので微妙な気分ではあるものの、彼の妙な説得力の一因はそこにあるように思う。
 評価について話を戻そう。前述したように春馬くんの説得力によってこのドラマは心に訴えてくる物があったわけだが、腑に落ちない部分を多く残したまま終わってもいる。なぜサムライが現代にやって来たのか、その理由はあまりにも弱いというか描写が足りず納得しかねるものだし、永沢や中村との関係性ももう少し突っ込んで欲しかった。見終わったあと大団円という印象を受けはするものの、すべてがめでたく収まったかと言えばそうでもない気もする。
 結局自分はサムハイをどう評価するのか。ここまで書いてきて何だがまだ決められない、否、決めようがない。自分でも珍しいと思うが、ここまではっきり言い切れないなんて初めてじゃないだろうか。しかしさまざまな要素を客観視しようと努めても、どうしても判断出来ない。おそらくこのまま考え続けても結論は出ない気がする。主役を演じるのが春馬くんでなかったらあっさり駄作と言い切るだろうが、どうにもそこが重要らしい。
 そしてもうひとつ。なんだかんだ言ったところでこのドラマの主題にはやはり心を惹きつけられる。今現在の世の中を見渡すと、ドラマの中で語られる言葉はリアルでは力を持たない、ということをきっと皆が知っているように思う。そういう中へ敢えてこういう主題を投げ込んだこと、それは個人的にとても評価したいのだ。さらに春馬くんがそれを表現しきったこと、主題歌が本当に主題そのままだったこと、この二つについてはドラマそのものの評価とは別に拍手喝采を贈りたい。

「サムライ・ハイスクール最終回 」の評価です。

春馬・健 感想 > ドラマ | comments (0) | trackbacks (0)
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 >>